2026年4月:寝台列車に揺られ、神の国へ はじめてのサンライズ出雲

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サンライズ出雲の切符を手にするまで

出雲旅行の計画を立てた時から、行きはサンライズ出雲で行ってみたいと考えていた。サンライズ出雲は、国内で定期運行する数少ない寝台特急のひとつで、夜のうちに街を抜け、眠っているあいだに遠くへ連れていってくれる列車だ。

個室は「シングル」や「シングルツイン」などがあり、プライベートな空間になっている。ノビノビ座席というのもあり、こちらは寝台料金がかからないタイプ。車内にはシャワー室や狭小ながらもラウンジのようなスペースもあって、ただ移動するだけでなく「夜行に乗る時間」そのものが旅になる。

サンライズ出雲は大変人気(一日一本しか走ってない)のため、すぐに予約で埋まってしまう。そのため,乗車日の一か月前の販売と同時にチケットを押さえておかないと、あとはキャンセル待ちになってしまうことが多いらしい。ということで、乗車一か月前、私の場合は4月21日の21:52分発の横浜に乗りたいので、3月21日の朝10:00の発売と同時におさえておきたかったのだが…

案の定、予約開始日を一日間違えてしまった。サンライズ出雲の切符はあっという間に売り切れる。悔しい思いをしながらも、諦めずにときどきネットで空席状況を確認していたところ、ある日ふと画面を見ると——なんと2人分のシングル席が取れてしまった。旅とは、こういう小さな偶然の積み重ねでできているのかもしれない。

サンライズ出雲、夜の東海道を走る

乗り込んだのは横浜発の21:52分。横浜を出て間もなく、窓の外は街の灯りと暗闇が交互に現れるようになる。高層ビルの明かりが流れ、住宅地の橙色の街灯がぽつぽつと続き、熱海を走ることには山のなかへと吸い込まれていく。真夜中の車窓というのは、昼間とはまるで別の世界だ。普段乗っている電車とはちがう、不思議な感覚になる。

横浜駅に到着するサンライズ出雲号

室内の照明を落とすと、窓ガラスに自分の顔が映る代わりに、空と山の境界線がぼんやりと浮かび上がってくる。黒い山影と、わずかに明るい夜空の稜線。これが寝台特急でなければ味わえない感覚だ、とひとりしみじみ思う。ベッドで横になってぼーっと外を眺めているうちに眠っていたようだ。

岡山でサンライズ瀬戸と切り離しがあるので少しだけ停車時間が長い。少し外の空気を吸って背伸びなどしていた。サンライズ号の切り離し作業はそうそう見れるものでもないからか、皆が熱心に写真におさめている。ここから私たちの出雲編成は北へと向かう。瀬戸内と山陰に分かれていくこの別れ道が、なんだか旅の本番のはじまりを告げるようで、眠気のなかでも少し背筋が伸びた。

いつもは新幹線や飛行機で国内ならあっという間に着いてしまうのだが、サンライズ出雲の場合は12時間も電車にのっていることになる。それもまた普段の旅行とは気分的に異なる点だろう。

山間部の朝もや

列車は高梁川に沿って走っていた。山間部のカーブが多いゆえか、電車の速度も緩やか。川面に朝もやが漂い、その向こうに山の斜面が重なっている。昼間に見れば普通の田舎の風景かもしれないが、夜を走り抜けた後の目には、すべてが少しだけ特別に映る。ここの景色はサンライズ出雲のハイライトともいってもいいかもしれない。

室内で着物に着替える

松江をすぎたころ合いで着物に着替える。そう、今回は着物で出雲を歩くつもりだ。シングル室は想像よりずっとコンパクトで、ベッドの上では直立できない。ただ、靴を置く小さなスペースだけはかろうじて立てる広さがあり、そこで着物を着た。男着物は構造がシンプルなので、鏡がなくても大して困らない。狭い空間で帯を結ぶのには少々苦労したが、それもまた旅の一部だと思うことにした。

ちなみに、今回着ていくのは片貝木綿の着物にミンサー帯。羽織は綿麻のもの。もしかしたら天候が早めに荒れるかもしれないということもあるし、海岸を歩く予定なので一応洗えるタイプの着物にした。

シングル個室
個室で着替え

出雲市駅に到着

朝の10:00ちょうどに出雲市駅に到着。妻は揺れであまり眠れなかったみたいで、体調もあまりよくないみたい。夜行列車の揺れはひとそれぞれで、熟睡できる人もいれば、翌朝に響く人もいる。駅のベンチで少し休憩して、体調が戻るのを待つことにした。

出雲大社前駅までは電車で行くことも可能だが、本数が1時間に1本と少ない。バスは30分おきに出ているので、乗り継ぎを考えるとバスのほうが動きやすい。出雲大社駅前につく頃には妻の体調もすっかりよくなっていた。

交通メモ

出雲市駅 → 出雲大社前:バスが約30分おき時間に出ています。余裕がない場合はバスが無難。

電車は出雲市駅から大社線がでており、川跡駅(かわときえき)で乗り換えてから出雲大社前駅に行く必要があります。また、電車は約1時間に1本くらいしかないのでバスが無難ですね。

出雲そばと参道

出雲大社前駅で降りると、参道の入口にはすでに大鳥居が見えていた。平日とあって人出は穏やかだが、修学旅行生のグループがちらほら、にぎやかに歩いている。その活気がかえって心地よい。

とりあえずお腹がすいているので、まず向かったのは大鳥居の目の前にある「そば処 田中屋」。頼んだのは「特製 五色割り込そば」。運ばれてきた小皿を積み重ねるように並べ、少しずつ薬味を変えながら食べていく。私は着物で正座していただいていたので、猛烈に足がしびれた。長時間正座できる人ってすごいね。

蕎麦粉の香りが強く、一口目から「ああ、出雲だ」と思わせる味だった。蕎麦茶も香り高く、食後もしばらくその余韻が続いた。

田中屋のすぐ裏には同店が営む雑貨屋があり、食器や地元の焼き物が並んでいた。そばを盛り付けていた皿も販売しているようで、旅の記念にちょうどいい。

田中屋の五色割り込そば

稲佐の浜へ

お腹がいっぱいになったところで、歩いて稲佐の浜へ向かう。田中屋から住宅地を15分ほど歩くと、不意に視界が開けて海が現れる。

途中、気になる珈琲屋「珈琲しの」の前を通ったが、その日は定休日。知人から事前に教えてもらっていたお店でぜひ立ち寄りたかった。事前に調べた時に定休日だと知っていたので、次に来たときには必ず立ち寄ろうと心に決めた。こればかりは仕方ない。

稲佐の浜は、日本神話において全国の神々が集い、縁結びの取り決めをするために出雲へ向かう際に上陸する浜とされている。旧暦十月(神無月)、全国の神々が出雲に集まるため、出雲では逆に「神在月」と呼ばれる。浜の沖合には小さな岩島・弁天島がぽつんと浮かんでいる。かつては海中にあったが、砂が堆積して今は歩いて近づける。島には豊玉毘古命が祀られており、静かに手を合わせた。そして浜の砂を少し集めて出雲大社にもっていき、大社内の素鵞社(そがのやしろ)で厄除け・魔除けの御利益がある「お清めの砂」と交換(御砂交換)するために持ち帰る伝統風習がある。砂は波打ち際で少量(ジップロック等に)採取し、1年後に感謝を込めて戻すのが望ましいとされている。またここに戻ってくる理由ができた、かな。

海外からの旅行者も何人かいて、弁天島を熱心に写真に収めていた。騒音はなく、波の音だけが聞こえる。この静けさが、この浜の本質なのかもしれない。砂浜では砂を少し集める。出雲大社では稲佐の浜の砂を持参することで、神様の砂と交換する慣わしがあるためだ。ここは夕日も大変美しいと評判のスポット。もし時間が許すなら、ぜひ夕日も拝んでみたいものだ。

弁天島

いざ出雲大社

再び歩いて出雲大社へ向かう。参道の松並木を抜け、鳥居をくぐる。出雲大社の参拝は、反時計回りに進むのが作法とされている。これは御祭神の大国主大神が西に向かって鎮座していおり、その正面に立たないように下座から敬意を表するためともある。あるいは左上位の考えに基づいているからだそうだ。

ムスビの御神像。右側の人物が大国主神。神話によると、大国主大神が「どのようにしてこの国を治めていけばよいか」と悩んでいた際、海の向こうから光り輝くこの魂(幸魂・奇魂)が現れました。
大国主大神はこの魂を自分自身の内側に迎え入れることで、知恵と勇気を授かり、立派な「ムスビの大神(目に見えない縁を結ぶ神様)」として神性を養われたとされています。

ムスビの御神像

境内で稲佐の浜から持ってきた砂を素鵞社(そがのやしろ)の砂と交換する。持ち帰った砂は、家の四隅に置くと厄除けになるという。

拝殿を経て本殿を参拝する。出雲大社の拝礼は「二礼四拍手一礼」。全国の神社では通常「二礼二拍手一礼」なので、うっかり間違えやすい。拍手を四回打つたびに、柏手の音が境内の静寂に吸い込まれていく。

国宝でもある御本殿の高さは24メートルにも及び、大社造と呼ばれる日本最古の神社建築様式になっている。この造りは入口がやや右側に寄っているのが特徴で、内部が正方形の間取りで田の字にくぎられた奥に大国主大神が西向きに御鎮座されている。

そして、出雲大社では古来より「神様に向かって左を上位、右を下位」とするため、半時計まわりに参拝を行うことで、下位から上位へ進む形になります。

有名な大注連縄は、本殿ではなく隣の神楽殿に掛かっている。長さ約13メートル、重さ約5トンとも言われるその巨大さは、写真では到底伝わらない。大きさもさることながら、注連縄の向きも出雲大社は逆で、左側が太くなっているが、これも左上位の考えに従っているため。

大注連縄の前に立ったとき、その圧倒的な大きさに思わず黙り込んでしまった。

出雲大社は現在よりももっと高く建設されていた説があり、その高さは約48mだったとも言われている。杉の大木3本を束ねた形で一つの柱とした宇豆柱の断片が発見されており、宝物殿では実際に見ることができた。復元模型も見ることができ、古代への興味が膨らんだ。

帰りに大社珈琲のコーヒーフロートで休憩...

界 玉造へ

参拝後は参道沿いのお店を見てまわり、今度は電車で玉造温泉へ向かう。田舎あるあるだが、電車の本数が少なく、一本乗り過ごせば1時間待ちになる。出雲大社前駅でギリギリに飛び込もうとしたとき、駅のスタッフの方が急かすように案内してくれて、なんとか乗ることができた。なんだかんだでそのあとも他の乗客を少し待ってくれていたようで、都会なら時間になれば問答無用で出発するが、こういう地域ならではの柔らかい対応が旅をほっとさせてくれる。

最寄り駅からは宿まで徒歩で向かうことにした。玉造川に沿って歩く20分ほどの道のり。透き通った川に魚の影が揺れ、その静けさに旅の疲れが少しずつほどけていく。事前に送迎を頼んでおけば迎えに来てもらえるので、荷物が多い場合はそちらがおすすめだ。

界 玉造は、星野リゾートが展開する温泉旅館ブランド「界」の一軒。ここ界 玉造では全客室に源泉かけ流しの内湯が設けられているのが最大の特徴で、玉造温泉の良質な湯をいつでも独り占めできる。玉造温泉は奈良時代の文献にも登場する日本最古級の温泉の一つで、肌がすべすべになると評判の美人湯だ。

到着が17時を回っていたので、まず内湯で汗を流してから夕食へ。界らしく、山陰の食材をふんだんに使った料理が並んだ。地の魚、地の野菜、地の酒。旅先で旅先の食べ物を食べる、それだけのことがこれほど満ち足りた気持ちをもたらすとは。食後は大浴場へ足を運び、温泉をゆったりと楽しんだ。ベッドに入ったら、気づいたときには朝だった。

こんかい泊まった界の部屋は大変素敵なつくりになっていて、工芸品などを楽しむことができる。ベッド側の壁とベッドスローには藍染めのものが使われてるようで、非常に綺麗。

しかしベッドスローって日本人の自分にとっては使い方がよくわからないものとなっている。いつもデザインの一部だと思っている。

島根県松江市玉湯町に位置する古湯。奈良時代の書物「出雲国風土記」にも記されており、日本最古の温泉の一つとされる。ナトリウム・カルシウム塩化物泉で、肌なめらかになる「美肌の湯」として知られる。

二日目 – 松江へ-

翌朝は雨。しとしとと音を立てる雨の中、界の朝食をゆっくりといただく。

今日は洋服で動くことにした。

界のスタッフもとても丁寧な対応で心地よく過ごすことができた。お見送りの際、記念撮影までしてくれた。着物での撮影ならなおさら思い出に残るかもしれないが。

タクシーの予約は前日の夕食時にスタッフの方が必要なら予約しますよ、というきめ細かいサービスで手配済み。おかげで朝はゆっくりして時間になればチェックアウトするだけで済む。宍道湖を左に見ながら松江駅まで移動し、そこからはバスで八重垣神社へ向かう。

八重垣神社

松江市街から少し南へ下ったところにひっそりと佇む八重垣神社は、ヤマタノオロチの神話で知られるスサノオノミコトと稲田姫を祀る縁結びの神社だ。境内の奥には「鏡の池」があり、和紙に硬貨を乗せて水に浮かべると、紙が沈む時間で恋愛の行方を占うことができる。沈むのが早ければ早いほど、縁が早く訪れると言われている。静かな森の中に置かれた神域は、雨の日には特に神秘的な雰囲気を纏う。バスの本数が少ないので戻りのバスを逃さないように時刻表の確認は必須だ。

八重垣神社

松江城

松江駅に戻り、今度は松江城へ向かう。松江城は慶長16年(1611年)に堀尾吉晴によって築かれた、現存する12天守の一つだ。2015年には国宝に指定されている。黒く塗られた外壁が曇り空に映え、威圧感よりも風格という言葉が似合う佇まいだ。

城内の階段は急勾配で、手すりをしっかり掴みながら登ることになる。それは現代の観光客だけでなく、昔の兵士たちにとっても難所だったはずで、守りのための設計なのだと実感する。足元は板張りで、雨の日は特に冷たい。靴下を履いていてよかった。

当時から残っている巨大な梁をみながら、どうやってこんな巨大な梁を組み立てたのか…

薄暗い城内を登り切った先の天守からは、宍道湖が見渡せる。松江の街が霧雨のなかに滲んでいる。

松江城について

慶長16年(1611年)築。現存する12天守のひとつで、2015年に国宝指定。宍道湖が望める四重五階の天守は、江戸時代初期の建築様式をよく残している。

重厚感ある松江城
天守から宍道湖を一望

旅の終わりに

もう少しゆっくりしたかったが、フライトの時間も迫ってきたので、早めに松江城を後にし、バスで出雲空港へ向かった。出雲縁結び空港という愛称を持つこの空港は、出雲大社から程近い場所にあり、島根の旅の玄関口にふさわしい名前だと思う。

機窓から島根の海岸線が見えた。夜の東海道を揺られてたどり着いた土地が、もう遠くなっていく。神々が集い、縁が結ばれる場所——そんな言葉が絵空事に聞こえなくなったのは、あの大注連縄の前に立ったからかもしれないし、稲佐の浜の波音を聞いたからかもしれない。

次に来るときは、神在月に来てみたい。

今回、出雲を着物で散策しました。木綿着物はやはり洗える安心感があるので稲佐の浜を歩いたりしても問題なし。草履も濡れても大丈夫なタイプを持って行ったのでこちらも問題なし。サンライズ出雲号の個室でも慣れていれば着替えることができるでしょう。ただ、女性の方は着替えるのがちょっとつらいかもしれないと思いますので、もしサンライズ号で着替える前提なら半巾帯で簡単に締めれるもののほうが良いのではないでしょうか。

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