雨の京都でしっとりと花を愛で、翌日は一転して快晴の下、着物で街を歩く。 そんな、天候のコントラストさえも味方につけた1泊2日の京都旅。
タイの風を感じる『デュシタニ京都』でのランチから、京町家でいただくイタリアン、そして夜桜の散策まで。雨の日だからこそ見つけられた景色と、晴れの日だからこそ輝いた瞬間。欲張りなほどに季節を感じた、春の京都ダイアリーです。
ランチ — デュシタニ京都
到着してまず向かったのは「デュシタニ京都」。タイ系ラグジュアリーホテルの系譜を引くこの宿は、京都駅から徒歩で10分強の距離にある。外観は木の縦ルーバーが目を引くデザインで、ロビーに足を踏み入れた瞬間から和とタイの文化が融合したデザインに目を奪われる。天井からはタイの歓迎の花輪をイメージした、藍染めのローブが目を引く。
今回はブッフェスタイルのランチ、しかもフリーフロー付きというのが嬉しかった。時間を気にせず皿を選んで、グラスを傾けて、隣の中庭に視線を逃がす——そういうゆったりしたリズムが、旅の幕開けにちょうど良かった。雨粒が石畳を濡らしているのを窓越しに眺めながら、「京都らしいな」と思った。
雨の日の中庭というのは、晴れの日よりずっと深く緑が見える。しっとり濡れた石の質感や、重くなった葉の色が、ガラス越しにゆっくり揺れていた。





チェックイン後の散策
宿泊するホテルは二条駅の目の前にあるモクシー京都。ホテルにチェックインしたあと、荷物を置いてひと息後、すぐ外に出た。雨が降ったりやんだりの合間を縫うような散策になったけれど、それが逆に良かった。
傘を差して歩く街は歩幅が小さくなる分、普段は通り過ぎてしまう軒先の細部や、路地に差し込む薄明かりのようなものに気がつく。
観光客の数も少なく、濡れた石畳に格子戸が映り込んでいる光景は、「京都らしい」という言葉でしか言い表せない情緒があった。晴れの日の京都は華やかで、雨の日の京都は静謐だ。
祇園白川 — 雨の川沿いを歩く
祇園白川は、桜の時期に来るとしたらやはりここだと思う場所だ。白川沿いの枝垂れ桜が川面に映る光景は、絵葉書の構図そのもので、でも実際に立つと絵葉書よりずっと「音」がある。水の音、下駄の音、誰かの笑い声。
雨の日は、その音がいつもより際立って聞こえる。晴れていると人の声や観光客のざわめきが空間を埋めてしまうけれど、小雨の中では人が減り、傘が余計な音を吸い、街全体がすこし静かになる。その静けさの中で、白川の水音だけが変わらず流れていた。雨粒が川面を叩く音も混じって、水の気配がいつもより近かった。
とはいえここは海外の方にも特に人気のスポットなので雨でもそれなりに人が多く、皆、記念撮影に熱心だ。 カメラを取り出してはみたけれど、最終的にスマホで数枚撮っただけで、あとはただ歩いた。
祇園白川のほとりにある「料理旅館 白梅」も泊まってみたいスポット。歴史を感じる数寄屋造りの情緒あふれる空間では旬の美味を楽しめる懐石料理も評判のようだ。立ち並ぶ店の窓から外を眺めている人や写真を撮っている人が目に入る。着物のお客さんも見え、京都らしさを演出してくれる。
途中、椿油のボディオイルを扱うお店に立ち寄り、小さなボトルを一本買った。香りを試してみて、椿のいい香りがこの旅を思い起こさせてくれる気がした。旅先で買うものは実用品でも、あとで開けるたびに「あの日」を再生してくれる装置になる。




夕食 — ごはんや村上
夜は予約していた「ごはんや村上」へ。おばんざいを中心とした京の家庭料理で、一日の疲れをほどくような優しい味だった。旅の途中で食べる和食には、どこかほっとさせる力がある——それは味だけでなく、盛り付けや器の質感、店の灯りの色、店主の立ち居振る舞いまで含めた「場」の雰囲気からくるものだと思う。BGMもなく、静かな空間で店主とちょっとした会話を楽しみながら、気づけばかなりゆっくり過ごしていた。





夜の丸山公園へ
食後は丸山公園を夜散歩した。ここは夜でも桜がライトアップされていることもあり、それなりに人が多い。雨上がりの冷えた空気が気持ちよかった。有名な祇園枝垂桜のそばに立つと、夜桜はライトアップの光を吸い込んで、うっすら発光しているみたいだった。しばらく歩きながら、ただ花を見ていた。あっという間の一日だったが、翌日のことが楽しみになる。


2日目:着物に着替えて出発
2日目の朝は、前日の雨が嘘のような快晴だった。ホテルで着物に着替えていると、旅のモードが一段切り替わる感覚がある。着物は動作を制限する代わりに、歩幅や目線の角度を変えてくれる。その「制約」がむしろ、街の景色を丁寧に見させてくれるのかもしれない。お花見メンバーと合流すると、一気に「花見!」という気分になって笑ってしまった。
着物で京都の路地を歩くとき、街の色味が変わって見える。石畳の灰色、格子戸の焦げ茶、桜のピンク。これほど着物で歩くのが似合う街はなかなかないと思う。
また、京都は着物で歩いてもなんら浮くことなく、むしろ周りの観光客も着物を着て楽しんでいる方が多く、まったく気にならない。レンタル着物屋も多いので、着物を着て歩いてみたい人にはかなりいい場所だと思う。
着てみたいけど、一式そろえるのに抵抗がある方にはまずはレンタルという手がおススメである。
ランチ — スコルピーネ祇園
一行が向かう先は祇園の「スコルピーネ祇園」。築160年以上、元お茶屋の京町家を改修したイタリアンレストランで、店に入った瞬間、天井を横切る太い木の梁に目がいった。あの規模の梁は、今の時代に新たに用意しようとしてもまず手に入らないだろう。長い年月をかけて乾いた木だけが持つ、どっしりとした存在感がある。古い建物を壊さずに使い続けることの意味が、その一本に詰まっているような気がした。
とはいえ、やはり老朽化や耐震の懸念点は現代においてぬぐえない問題でもある。
奥にはこじんまりとした坪庭があって、食事の合間にふと視線を逃がすと、切り取られた緑がそこにある。京町家の設計というのは、外と内の境界をあいまいにするのが上手い。店員さんの対応も、押しつけがましくなく、でも気が利いていて、大変気持ちよく過ごせた。
着物姿で入るイタリアンというのが何とも旅らしい組み合わせで、でもそれが祇園だと自然に成立するのが面白い。メンバーとの近況報告がにぎやかで、気がつけばテーブルの上が空になっていた。午後の花見に備えてしっかり食べておこうという名目で、デザートまできっちりいただいた。
店の前で皆で記念写真を撮ってもらい、思い出の一枚となろう。
祇園を歩きながら写真撮影
ランチのあとは祇園の街を着物で散策しながら、お互いに写真を撮り合った。着物を着ていると、写真を撮るほうも撮られるほうも不思議と丁寧になる気がする。フレームの中に余白を意識したり、背景の建物との関係を見たり。しかしこの日は昨日と打って変わって日差しが強く暑い。日差しの下だとしっとり汗をかいてくるのが分かる。そそくさと日陰に退避しつつ移動していく中、心地よい川の流れの音が少しだけ暑さをやわらげてくれる。

知恩院前で記念撮影
そこからさらに歩いて知恩院の三門前に着いた。巨大な山門と、桜と、着物の一行——どこか時代がずれたような組み合わせなのに、違和感がなかった。写真に収めると、そこに漂っていた空気の温度まで記録されているような気がした。旅の写真というのは、場所だけでなく「その日、自分たちがどういう気分だったか」を写すものだと思う。
大きな階段は、暑さと着物ということも相まって登るのはやめておいた。また次の機会にとっておこうと思う。

お店で団欒、そして帰路へ
最後はメンバーと残りの時間を惜しみながら過ごした。旅の終わりというのはいつも、「もう少しいられたら」という気持ちと「また来れる」という予感が混ざり合って、少し甘くなる。結局その後も観光に行かず、ずっと話していたら新幹線の時間がギリギリになって、着物のまま小走りする羽目になったけれど、それもまた旅の一場面だと笑えた。横浜への車内で窓の外を流れる景色を見ながらウトウト。気が付けばあっという間に到着。
雨の日は雨の日の京都があって、晴れの日には晴れの日の京都がある。着物で歩くと見える景色があって、傘を差して歩くと気づく細部がある。「お花見」はどこか記念行事的な響きがあるけれど、結局のところ、花よりも「誰と」「どういう気分で」歩いたかが残る。
着物を着るようになってからというもの、京都で会う人たちができたことに縁を感じる。これまで京都に行くことはあれど、そういうことにはならなかったし、また今度ね、ということもなかったからだ。今年の春は、京都に着物仲間と花見に行ってきた。それだけで充分、いい旅だった。

PS
今回、男性の角帯の下には帯板がはいっています。帯板が入っていると写真を撮るときも帯のヨレや皺が全くないことがよくわかります。ビシッと決めたいときには男性角帯用におすすめです!
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